【88時間43分】19e PARIS-BREST-PARIS Randonneur-11【ようやくゴール】
2020.01.25 Sat 09:55 -edit-
ゴール前最後のPCであるDreux(ドル―)では
「レストランでパリブレストを食べられる。」と先人から聞いていた。
往路のブーランジェリーでたまたまいただいたので
往路、復路で本場のパリブレストをいただくことになった。
<実走行ログ-8/8(再掲)>
食事を終え、まきよさんたちと別行動を取ってPC内をうろうろ。
軽く仮眠出来そうな場所を探したけれど、お祭り騒ぎのような会場なのでなかなか静かな場所が無い。(やはり仮眠所でしっかり寝たほうが良かったか?)なんぞと考えながら歩いていたら、PC外休憩所以来の遭遇となるいぢちさんとばったり。
いぢちさん
二言三言会話を交わして各々逆方向へ。
建物脇で日当たりの良いところに丁度良いベンチを見つけたのでアイマスクと耳栓を装着して横になって小一時間ほどまどろんでから起きだし、残り200kmへ出発しようと自転車に近寄る。
駐輪スペースに移動し、ふと気になったことがあって後輪を持ち上げて空転させてみたら…リアホイールがブレブレでぐにゃぐにゃしていてアーチ全開放にしているのにガシガシブレーキシューに擦っているし。その時ようやく、走行中横に並んだ外国人参加者が手のひらをひらひらさせながらわたしに話しかけて来た理由が腑に落ちた。(いやはや、こんな状態ではペースが思うように上がらないのは当たり前だわ。)蓄積疲労からペースが上がらなくなっていると思い込んでいたけれど、少なくとも原因はそれだけではなかった訳だ。
(やはり夜間走行中に耳にした金属音はスポーク破断のそれだったのか?)
後輪をゆっくり空転させ、スポークの状況を確認してみたものの、何周回しても折れたものが見つからないので手で触ってスポークのテンションを確認してみたら、一本だけぐらぐらしていたものに気がついたけれど目視では異常が確認できない。テンション調整のためにツール缶からニップル回しを引っ張り出すべきか否か少々逡巡したけれど、折角なので振れ取りも含めてプロに整備をお願いしようと考え直してメカニックのところに移動しようとしたところではるさんが通りかかった。
はる:今到着ですか?
とり:二時間くらい前に着いて仮眠してリスタートしようと思っていたところ。
はる:順調ですね~。
とり:いやあ、それがさあ、後輪こんなんなのよ。
と、空転させてブレブレになる後輪を見せる。
はる:こりゃ大変ですね。スポークですか?
とり:どうもニップルが緩んでいるみたいなんだよね。折角だからメカニックサービスのところに持って行って締め直してもらってから出るよ。
はる:じゃあ、ボクはこれから休憩します。
とり:ゴールで!
はる:ゴールで!
メカニックサービスコーナーに移動して順番待ち。
メカニックは2、3人いたものの英語話者は一人だけのようで、フランス語ができるかどうか聞かれたので否定すると”ちょっと待ってて!”と待機するよう促された。
まあ、英語だってロクにできないけれどな。
順番待ち
20分ほど経過したところでこちらの番が回って来たので担当者に症状を伝える。とはいえ言葉はほとんど使わず、後輪を浮かせて空転させた後にぐらついているスポークを示したくらい。
もちろん先方はそれで症状を理解して調整をするためハンガーに自転車を引っ掛け、ニップル回しを取り出して調整を始めた。
メカニックサービステントのバイクハンガー
暫く調整をしていたけれど、首を振りながらこちらに向き直ってスポークのニップル部分を指差し何やらあれこれ説明し始めた。どうやらニップルのねじ山がバカになってしまっているのでニップルごとスポークを交換しなければならないとのこと。本来調整作業は無償サービスで、テント内に置かれたボックスに寸志を投入するスタイルだったけれどスポークの実費と工賃で€300-かかるとのことだったので了承して修理を依頼。
それ以前に€100-を箱に突っ込んでいたので都合€400-支払うことになってしまったけれど、走れなければお話にならないのでそこでセコいことを言い始めても仕方がない。
メカニックさんが近くにいた彼の息子と思しき少年二人にお金を渡して近くのパーツ屋台でスポークを調達してくるよう指示して、わたしの後ろに並んでいた参加者の自転車の整備に取り掛かった。”まだしばらくかかりそうだから休憩してくるかい?”的なことを言われたけれど、休憩は既に終わっているので整備が完了したらリスタートしたい旨をつたない英語で伝えてその場に留まったけれど、後から考えた時に(あの時もう一回休憩しておけば良かった!)と思うくらいに最終的には時間がかかってしまった。
メカニック氏は戻って来た息子さんたちにわたしの自転車のリアホイールを取り外し、タイヤ、チューブ、リムテープを外してスポーク交換するよう指示してから(※息子氏のその後の行動で判断)しかかりの整備を進め、完了させた。
息子さんたちが作業を続けている間、簡単な整備を更に2件ほどこなし、彼らがスポーク交換を終了させて降れ取り台で四苦八苦していたところでようやく交代。最終調整をしてタイヤを復旧し、フレームに後輪を装着。それでも多少の歪みが残っているようで、空転させるとややうねるような動きを見せる後輪を指して”今はこれで調整限界だよ?”的な説明。ブレーキシューに接触するような振れではないので了解して受け取り、ようやくメカニックテントから出たのは並び始めてから一時間半から二時間弱ほどが経過した頃。
やや日が傾き始めた中リスタート。
気持ちの問題もあるのだろうけれど心なしかペダリングがスムーズで気分が良い。夕暮れ時の田園地帯を淡々と進む。日が落ちて気温が下がって来たものの、前夜ほどには冷え込みを感じない。Edgeの画面に表示される気温も前夜よりかなり高めだったので防寒にレインウェアを着込むほどではなく、アームカバー装着程度で遣り過ごせる程度。
寒さは感じなかったものの、眠気は非常に感じてしまってかなりふらつき始めてしまったので小さな私設エイドに立ち寄って温かいコーヒーをすすり、ストレッチをして眠気を散らせてからリスタート。ところがしばらく走ったところで再び睡魔が。次のPCまで20kmほどのところ、マメール(Mamers)という大きな街の中心部に設営されたでかなり大規模な私設(というか非公式)エイドに立ち寄って再びコーヒーを飲み、隅っこに腰掛けて少々のんびりしていたところで若い日本人男性参加者が声をかけて来た。
夕方到着して仮眠していたら辺りが真っ暗になってからお祭り騒ぎが始まっていて驚いたというようなことを語っていた。最終日の前夜なので盛り上がるのだろうなあ。
非公式エイドで二度目の休憩
ヴィレンヌ=ラ=ジュエルからモンテニュー=オ=ペルシェまでの80kmほどの距離の間で二回も休憩を入れているくらいには眠かった。軽くうとうとしてからリスタート。さっきの青年は見当たらなかったのでこちらがうとうとしている間にリスタートして行ったか。
相変わらず少々眠いものの、どうにかこうにか約20kmを走り切ってPCに到着。
Control(1093.5km)
Mortagne-au-Perche
仮眠とスポーク交換、途中の非公式エイド二回立ち寄りがあったためかなりマージンを食い潰してしまってクローズ時刻まで30分を少々切ったくらい。それでも次のPCまで77kmでクローズまで6時間45分あるので11.4KPHで間に合う。15KPHで走れば一時間半以上余裕を持って到着できるのでこのPCで仮眠してから進むことにした。軽く補給の後レストランのテーブルに伏して一時間ほど寝るつもりで目を閉じた。
皆さんお疲れ状態
疲労のため、ざわついた中でもそこそこぐっすり寝てしまって一時間のつもりがふと気づけば二時間になろうとしていた。仮眠の長さは一時間弱くらいで切り上げるか三時間くらいガッツリ寝るかが個人的には良いようで、二時間という中途半端な長さの睡眠が一番休まらない。とはいえのんびりしていると次のPCを延着することにもなりかねないのでそこそこ慌ててリスタート。
走りながらもやはりどうにもすっきりしない感じがして困った。というようなことを考えながら走っていたら前方にAJ反射ベストを着用した参加者の後姿が見えたので追い付いてパスしようとしたところで”お疲れ様!”と声をかけてみたら数時間ぶりのまきよさんだった。”ちょっと眠いので眠気散らしに一緒に走ってもらって良いですか?”こちらも今ひとつすっきりしない状態だったので快諾し、以後再びあれこれお話しながらの走行。途中、会話をしながらも無意識に左側車線を走っていて正面から近づいてきた自動車のヘッドライトに照らされて慌てて右車線に戻るひと幕も。疲れてくると脳が働きを止めてしまって身体が覚えている通りに動いてしまうので非常に危険。
そんなこんなでしばらく走っていたところ、緩い下り坂で集団のテールランプに付いて走っていたら、前方から数十台の自転車の集団がこちらに向かって走って来た。周辺が真っ暗な深夜の時間帯に一体何が?と思ったけれど、わたしたちの少し前方を走っていた人たちがUターンをし始めたところでGPSの表示を確認してみたら脇道に入るべきところをそのままミスコースしてまっすぐ進んでいたのであった。(ランタンルージュがキレイ♪)なんぞと呆けていると思わぬところで落とし穴がある。
前走者に任せっぱなしだと、時にしくじるのは洋の東西問わず
徐々に空が白んできて周囲が明るくなって来たところで亀太郎のすーさんに追い付いた。
ランドナーに乗ってヘルメット無しのキャップスタイルで、ファッションと相まって古き良き時代のツーリストといった体。PBPではヘルメット装着義務は無いのでノーヘルでも問題ないので割り切ったファッションでの走行もアリ。
最終日の夜明け前
三人であれこれ会話しながら走行。
今回のPBPに合わせてデザイン、制作されたAJオリジナルの反射ベストは後方からの見え方が非常に特徴的だったので、後方から追い付き、パスする際には日本語で”お疲れ様!”と声をかけていたけれど大部分の参加者は単にこちらを一瞥するだけなのでなかなか寂しいというような話をわたしがしたら非常に盛り上がってしまった。日本人全参加者のうちわたしが知っているのはおそらく一割かせいぜい二割程度だったからということもあったのだろうし、こちらは好きで勝手に声を掛けているだけだからそれに応えることを強要するのはいわば好意の押し付けになるので控えるけれど、”わざわざ日本を離れて異国を走っているのに、特に知り合いでもないヤツから日本語で話しかけられるのは勘弁!”とか考える人も中にはいるのだろうなあと。その心情もわからなくはない。
すっかり明るくなったところでゴール前最後のPCに到着。
ここからゴールまでは45km弱。
Control(1,171.0km)
Dreux
まきよさん、すーさんと共に食堂へ。ACP公式のPCで唯一パリブレストが食べられるのがゴールひとつ手前のここなのだと出国前にPBPの諸先輩から伺っていたので満を持して購入。
パリブレスト食べるよ~~~。
パリブレストを食べ終わり、諸々準備を整えてリスタート。
連絡が上手くいかずにまきよさんたちとは別行動になってしまい、単独でゴールに向かう。
ゴールまで44km
— Trinity is すきすき♡ひややっ子☆うまなみさん (@tri1021) August 22, 2019
ゴールクローズまで3時間10分。
よろしく、相棒。 pic.twitter.com/YANk1MCGG9
ランブイエに向かう最後の区間は田園地帯を進むのはそれまで通りだったもののアップダウンは少なく、非常に走りやすい単調な道だった。
いくつかのトレインを乗り継いで、のんびり走ってようやくランブイエ城へ。
スタートでもおっかなびっくりだった石畳の道を進み、ゴール直前で一旦脇に入らされる。前日受付の際参加賞他を受け取った建物のある広場をぐるっと一周。競馬場のパドック的な回り方をする。
台湾のHanaさんに撮っていただいた
そしていよいよゴール。
受付は前日車検、スタート当日食堂だった大型テントで、1/4がゴール受付エリア、3/4が食堂となっていた。
ラックに自転車をかけて受付へ
認定タイムは88時間43分
食堂に移動したらまきよさんとも合流できたのであれこれお話しつつ。
食堂で軽く食事
いぢちさん発見
食堂を出たら丁度見知った日本人参加者が集まっていたのでそちらに合流し、お互いの労をねぎらったりしつつあれこれと会話を交わした。
ゴール後のお話が少々続く。
ゴール後のお話が少々続く。
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この記事に対するコメント
ミスコース私もやらかしました
はじめまして。PBP検索でたどり着きました。記事中のミスコース私も(単独)でやらかしました。お互い完走できてホントよかったですー!URL | Yasu #pt67g6gE
2020/02/08 12:10 * 編集 *
Yasu さま
コメントありがとうございます。わたし自身、勤務先の業務の状況との相性が悪かったのでPBPは定年退職するまで無縁のものと思っておりましたが、縁あっての転職を機に昨年ようやく参加することが出来ました。
さすがに四年に一度のお祭りの空気は楽しかったですが、次回以降もうちょっと機材トラブル控えめなら楽に走れるのになあといったところ。
それにしてもあの脇道に入るところは表示も少ないし厄介でしたねえ。
URL | 管理(?)人。 #YGXKd/5Y
2020/02/11 14:53 * 編集 *
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