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日記超。-改・弐-

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自転車だったりマラソンだったりトライアスロンだったりお酒だったり。

2023May24Wed

【ある意味】おのれDecade!【黒歴史開示】 

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2020SRメダル

2020年SRメダルが我が家にも着弾しておりました。
2011年から走るようになったブルべも2020年で丸十年。
曲がりなりにも大きな事故怪我無く、病に伏すことも無く毎年SRを重ねて来られたのは僥倖と言えるのかも。いや、自転車とは直接関係ないけれど大きな事故と言えば関越自動車道で愛車が廃車になったという悲しい交通事故があったな。。。(^_^;)
幸いにしてその時は懐具合とメンタルを除けば大きな怪我を負うには至らずではあったけれど。
(※UPしてから改めて考えてみたけれど『走行中にフレーム(ダウンチューブ)に大きな亀裂が入るくらいの衝撃を受けた路傍の鉄柱との衝突』ってそれなりに『大きな事故』ではなかろうかと。。。)

閑話休題

そんなこんなで曲がりなりにもどうにか継続出来てしまっている折角の機会にこの10年を振り返り、個人的に毎年印象に残ったブルべをいくつかずつピックアップして『次の10年』に向けた反省というか参考材料にしてみようかと。
それにしても遡って自身がポストしたエントリを読み返すと当時出回っていて今ではあまり使われないようなネットスラングや言い回し等がそこかしこに見受けられていたりするので背中がむず痒い感じが否めない。

-2020年-
SARS-COV-2(いわゆる新型コロナウイルス)によるCOVID-19(新型感染症)流行に伴うBRM開催自粛の煽りを受け、自粛明けはかなりタイトなスケジュールで認定走に挑まなければならなかったものの、N2開催のお陰で600と400をひとまとめに走れたのでどうにかこうにか。
特に600に関してはモロさん、PEKOさん、VEGAさんという、今までBRM走行中に遭遇してご一緒したことはあったりしたものの、パックで長時間走ったことは無かった面々と走れて楽しかったり彼我の走力差を見せつけられてみたり、色々刺激になりました。まあ、刺激されただけで特に生かされていたりはしないのが問題と言えば問題。

-2019年-
言わずと知れたPBPイヤー。
フレームが破損したりなんだりと色々あった、個人的に初挑戦となった海外遠征ブルべであるPBPが記憶の筆頭に来るのは当然なのですが、実は最終エントリがまだ書きかけで保存してあったり。走行レポではなく終わった後の間抜けなお話なので非常に記述が遅くて進まない。とはいえ半分くらいは書き上がっているのでそのうちUPするつもりではいる。

そして帰国後【SR600-Oirase】に挑んで見事『世界最古のSR600-Oirase完走認定者』となれたのですが、実はこの時撮影した画像データを納めたSDカードを紛失してしまうという情けない事態に見舞われてしまったため改めてもう一度全コースを撮影して回りたい。更に季節も考慮すると最低でもあと三、四回は走りたいと思っていたり。

PBPだけでもかなりボリューミーな感じだというのにこの年は他にも非常に濃密なあれこれが重なってしまっていて、1,000kmを途中PCの延着も無くしっかり時間内に走り切ったというのにゴールのコンビニを間違えてレシートを取得してしまったために失格となってしまったこれ
同じ2019年ながら平成に開催されたものと令和に開催されたものの二つを完走した【興津600】とか、本当に色々あったなあ、、、と。特に令和の方はスタートからゴールまで、サクマさん、クロさん、虫さんと四人パックで走ったという、個人的には『事前に走行計画を立てた上で誰かと走る初めての経験』だったのでした。

-2018年-
大学を卒業して以来勤務していた前職を辞して転職をしたという個人的には非常に激動だった一年。有給消化と夏季休暇をぶつけたので一か月半ほどのお休みが出来てその期間を利用して人生初のRM認定走挑戦となったAH2400に参加。全行程2,400kmの半ばを過ぎたところでRD(※ハンガーではない、念の為)が破断するというアクシデントに見舞われ、RD無しのチェーン直結シングルで残り1,100km強を走り抜けたのはなかなかの自信に繋がっていたりする。
「アレに比べりゃ軽い軽い♪」といった感じで下には下があるのです。

-2017年-
『7年連続SRがかかったブルべ』が2017年最終開催の600kmで、なおかつ台風接近に伴う悪天候予報のお陰でDNS者続出というなかなかにステキなコンディションのブルべとなり、コンディションもさることながら個人的に色々とやらかしてしまったので反省点しかないブルべだった。
結果オーライとは言うものの、運不運のバランスがもう少し不運側に振れたら各方面にご迷惑をおかけすることにもなりかねないので(この時は)非常に深く反省。

600を完走するのにこんなに苦労したのになぜか1,000はすんなり(?)完走出来ていたり。
とはいえ土湯峠の下りで低体温症を起こしかけて震えが止まらなかったり、今思うと色々無理を通していて、ブログエントリとしてはどうなのかという気がしなくも無いですが、記録という意味でこのままにしておくことにします。
とはいえ特に後半、K内さんと一緒に走った区間は色々楽しかった。
今でもたびたびいじられますが、彼の前を牽かずにずっと後ろを走っていたのは”お前(=とり)は前を走ると絶対パンクとかやらかすからオレの後ろを走っとけ!”K内さんご自身が強く主張なさったからです。
【BRM503千葉1000km福島「g」】

-2016年-
この年はSR600に三回チャレンジ。
【北関東(Kanto Nord)】はランドヌール部門での制限55時間(当時)のところ52時間25分で完走、【日本アルプス(Nihon Alps)】は初回挑戦時の完走タイム57時間24分、ランドヌール部門での制限時間(当時)が54時間だったのでツーリスト部門での完走となってしまい、改めて挑戦した二回目は乗鞍スカイライン自転車歩行者通行止めの為DNFを余儀なくされてしまったという幕切れ。
しかもこの翌年からランドヌール部門での完走制限時間は累積標高に関わらず一律60時間となったので翌年だったらランドヌール認定だったというオチもある。更に現時点では通行止め区間のお陰でリトライもままならないという歯痒さ。
いや、まあ、R10000は別の認定で貰えたから良いけれど、SR600×10の認定には関わって来るからなあ。。。

-2015年-
スタッフとして事前認定走に臨んだ西上州300。
この辺の時期は色々舐めてましたね。事故怪我に繋がらなくて本当に良かった。
そう思えるくらいのゆるゆる具合。
300km走るのに100km走るか走らないかの内に総重量1kg超の昼食とかアホの極み。

-2014年-
これが皮切りとなる『1,000kmBRM認定外完走
この年に走ったこの1,000kmがすべての始まりだったと言っても過言ではないと、敢えて責任転嫁めいた表現をする。これを含めて以後三度も『制限時間内にゴール地点辿り着いた(通過した)のに認定がいただけない1,000kmのBRM』を味わうことになった。
いや、徹頭徹尾自業自得なのだけれどそこはそれ。

-2013年-
【SR600 -Kanto Nord(北関東)】に初めてトライ。
諸事情あって各所通行止めギリギリとなる11月にスタートして、今でこそ皆さん信じないでしょうが、ロングビブタイツを履いて厳冬期用のゴアグローブまで動員した走行。
志賀高原から渋峠に向かっていた最中、雪がちらつき始めたものの軽く考えて登って行ったら豪快に雪に降られて通行止めを食らい、どうやって撤退するか悩んでいたところにグンマ―国みなかみ町在住の方に助けていただいたという非常にありがたい思い出。
北枕になってでもグンマ―国には足を向けて寝る訳にはいかんのですが東西どちらかを向けば無問題なのでひとまずOK。

この年には初めて1,000kmのBRMにも参加しました。
前半はガクさんと一緒でなかなか楽しい道中でした。全体を通してまあ、ひとくくりに言って色々ありました。台風がほぼ直撃してとんでもなく大雨だったり強風だったりで制限時間が緩和されたりとか、スピードプレイのペダルが無くなってシャフトを踏んで走ったりとか。『ペダルが無くても走る云々」というお話のネタ元はこれw

-2012年-
ブルべデビュー初年ですんなりSRを決めてしまったおかげでいい歳ぶっこいてイキっていました、わたし。『600×4でSR』とか、今なら普通にダブルとかトリプルくらい認定取りそうな人がゴロゴロいるようなものにチャレンジして達成してドヤっていたんです。
ある意味黒歴史。
まあ、人はそうやって成長していくのよ、きっと。
そんな四本の中でもやっぱり宇都宮⇔寒河江往復の600は前年認定外だっただけに完走した時の感慨もひとしおでしたね。というか『毎年コースが変わるので雪辱にならない』というジレンマがありましたけれどw
ペットネームを見て察しの良い方はおわかりだと思いますが、これって小惑星イトカワに行って帰って来た「はやぶさ」に引っ掛けていたりします。2021年現在その後継機であるはやぶさ2が既に所定のミッションを完遂してしまったことを考えると時の流れに思いを馳せずにはいられませんなあ。。。

-2011年-
ブルべデビュー年、記念すべき『ブルべを始めて最初の認定外完走』AJ宇都宮主催の【宇都宮⇔寒河江の600】でした。デビュー年だということで経験値も無い、さりとて情報収集に積極的だった訳でも無かった若干イキりの入ったおっさんは、ペース配分その他諸々何にも考えずに『片道300を二本』という感覚であれこれ計画して見事に破綻しましたよ、と。
まあ、ゴールには制限時間内に辿り着いたのだけれど、AJ宇都宮はそんなことお構いなしにDNFとしてくださいました。恨み言とかそういう類の話ではなく『認定を貰うというのはそういうことなのだ』と、初年で心に刻まれたので後に1,000で認定外をやらかしてもすんなり受け入れられているという面があったりします。
【BRM604宇都宮600km】

そして記念すべき、けーこ隊長との数年ぶりの邂逅&初めての同BRM参加。当時はまだ『隊長』では無かったので『女史』と呼んでいたりとか、懐かしくて微笑ましい。
当時のわたしはブルべデビュー2本目、隊長は3本目だったかな?
自転車と全く関係のないところで顔見知りになって連絡が密になったり疎になったりを繰り返しつつ年月を重ねていたら、お互い示し合わせた訳でも無いのになぜかほぼおんなじタイミングでブルべを走るようになっていたというシンクロニシティ。
この時から世界最長距離認定女子(2021年1月現在)けーこ隊長の伝説が始まったのでありましたよ、ええ。

久し振りに自分の書いたものを読み返しましたが色々恥ずかしさが先に立つ。
とはいえ読み進めば色々なことが思い出されて追体験が楽しめるので、やはり『記録しておく』ということそれ自体は非常に大事なことなのだなあ、と。


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タグ: ブルベ  SR  PBP  メダル 
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