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日記超。-改・弐-

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自転車だったりマラソンだったりトライアスロンだったりお酒だったり。

2023May23Tue

【オトナの社会科見学】再びの島松駅逓所【宮大工の技巧】 

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ひと通りの説明の後いただいた
『赤毛』と呼ばれる稲穂と
駅逓所に関連した歴史の小冊子

関連エントリ⇒その壱その弐その参
※その壱ではほとんど触れてないw

四年前チコリンさんに連れて行っていただいた際には特に詳細な記録も残さずさらっと流してしまっただけだったので改めて記録に残してみる。

ブルべ明け、宿舎に帰着したのが7時8時過ぎ。午前中はブルべ中撮影した画像の整理をしたりダイジェスト版のブログエントリをUPしたりで過ごし、午後になって長期で借りているレンタカーのタイヤ交換の為に千歳空港近くのレンタカー営業所に立ち寄る用事があったのでついでにどこかに出かけたかったのだけれど、朝からひたすら降り続いている雨のお陰でどこに行くにも気分が乗らず、取り敢えず業務に必要なものを調達しに大曲のホームセンター経由で宿舎に戻ろうとした途中、四年前に訪問して以来島松の駅逓所に行けていなかったことを思い出した。正確には二回ほど訪問したけれどどちらも閉鎖期間中。

そんな訳で見学可能なタイミングで訪れたのは四年振り。
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ちゃんと入り口が開いている

入館料(大人¥200)を支払うと入場チケット半券とリーフレットをいただける。「簡単ですが案内をしましょうか?」受付のおじさんにそう問われて「ぜひお願いします!」と返す。四年前に一度聞いただけであれもこれも覚えている訳がない。因みに案内してくれたおじさんは四年前にチコリンさんと訪れた際にも説明をして下さった職員さんである。
順路に従って細かくあれこれ説明していただく。記憶に残っている四年前のそれよりも時間が長く密度の高い話だったように思えたけれどその記憶自体がアテにならんからなあ。。。

ガイドさんの説明はまずこの駅逓所を営んでいた中山翁についての説明から。
元は大阪の出身で紆余曲折の後島松に居を構え、寒冷地での稲作について試行錯誤を繰り返してついには稲作に成功し、北海道各地に自分が育てた種籾を無償で配布して北海道における稲作の基礎を築くことになった方。札幌に農業指導に来ていたクラーク博士らには「北海道は稲作不適合地だから水稲栽培は諦めて麦の栽培を進めるべき。」と言われながらも頑なに稲作にこだわった。

入り口を入ってすぐ、旅人が休憩する広間。
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利用する旅人はここに上がって寛いだ

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広間に隣接したこの駅逓所主人の中山翁とその家族が使用した部屋

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廊下の様子

明治天皇の行幸の際の行在所(あんざいしょ)として利用してもらうために増築した部屋の復元の際、『特別な間』としての意味を持たせるために畳に高麗縁を施した。
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京都御所にもこの文様の畳縁があるのだとか

「中山翁は洒落っ気のある人で、こういうところに遊び心を発揮していたんですよ。」とガイド氏
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ウサギを模した釘隠し

天皇陛下と随伴の宮様を迎え入れる為に増築した部屋の釘隠しは趣向が異なり
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天皇陛下が使う部屋には鏡を模したもの

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宮様が使う部屋の釘隠しは真雁を模したもの
が、それぞれ施されている。

天皇陛下行幸の為に増築された部分の便所
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左が男子用、右が男女兼用
当然ながら衛生陶器なんぞない時代なので基本的にすべてが木製。男女兼用の便器の手前にある棒は手を置くためのものではなく、和服の裾を持ち上げて用を足すためのもの。

ひと通り案内をしていただいた後は自由にあちこちを見て回れる。
ひとりで見て回りあれこれ撮影した後に、建物の改修工事を担当した宮大工が主に使う柱材の仕口色々のサンプルをいじってためつすがめつ。
この辺の接手、仕口に関しては学生時代に習ったはずだけれどそんなもの日常的に目にしていなければ四半世紀も覚えている訳がない。という訳でサンプルをいじらせていただいた。

こういうのは動画で残した方が面白いのだろうけれど、とにかくない物ねだりをしても仕方がない。
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四方蟻継
前後左右に押しても引いてもびくともしなかったらまさかの斜めスライドだった。

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箱継ぎ
これはシンプルでわかりやすい。さりとて作れるか?と問われたら否。一ヶ月くらい時間があっていくらでも材料を無駄にして良いならあるいは。

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包み十字目違い
これも一見シンプルながらかなり難しい。

鉄釘の代わりに竹のくさびを用いた仕口二種。どちらも計算されつくした断面で、竹くさびを差し込むとびくともしなくなる。
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隠金輪継ぎ(かくしかなわつぎ)

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尻挟み継ぎ

案内がひと通り終わったところで「折角だからこれ持って行って。」といただいた稲穂と歴史小冊子
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島松で栽培された稲の品種『赤毛』の稲穂と小冊子二つ

なんだかんだと一時間半近く滞在して表に出る。
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クラーク博士が帰国時に通った道
坂道を下って来て、駅逓所前で待ち構えていた教え子や関係者と最後の別れの挨拶を交わし、有名な『Boys be ambitious』という言葉を残した。この言葉には続きがあって『…like this old man』というもので、この『old man』というのがクラーク博士自身を指すのかその場にいて親交のあった中山翁を指すのかは不明なのですと。

朝から雨降りだったし200kmとはいえブルべ明けだったのでまったり過ごしつつリフレッシュできたのでなかなか有意義ないち日でした。







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タグ: 島松駅逓所  宮大工  仕口 

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