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日記超。-改・弐-

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自転車だったりマラソンだったりトライアスロンだったりお酒だったり。

2023Jun18Sun

【思い込みは】19e PBP-Ex【散財のタネ】 

無事PBPを完走してホッとしたのもつかの間
本当の本番はPBP後にあったのです。


PBP関連エントリ⇒こっち
01・◆02・◆03・◆04・◆05・◆06
07・◆08・◆09・◆10・◆11・◆Ex

ゴール後のミールを平らげてテントの外に出る。
ゴールした参加者、その応援で集まっている家族や友人たち、中にはDNFしてからゴールに顔を出している人たちも。
顔なじみの人たちとあれこれ立ち話をしていたところ、”折角だからこの場にいる日本人参加者で集まってステージで記念撮影をしよう!”という流れに。

2019PBPEx00.jpg
何人かの参加者がコース上の行先表示看板を手に持っているのを目にして”コース上にあるものを勝手に持って来るとはけしからん、日本人の品位が問われることになりかねない下品な行動である!”と、主にTwitterのTL上で憤りを顕わにされた方がちらほら見受けられましたが、これはゴール地点にいたACP関係者の方が”欲しかったら記念に持って行って良いよ♪”と配布していたものですので念のため。

記念撮影後に同じAJたまがわスタッフのみいさんと軽く雑談しながら会場内をうろうろしていたらドイツからの参加者に話しかけられ、ジャージ交換をすることに。
2019PBPEx06.jpg2019PBPEx07.jpg
A.R.アルマーニュ(ドイツ)のジャージ

その後、AJジャージとオーストリアのジャージを交換してもらおうと、つたない英語で参加者に話しかけたら非常に流暢な日本語で返されてしまってうろたえるなど。
偶然にも日本国内で生活していたことがあり、広島等のクラブのブルべにも参加したことがあるのだとか。世界は広いようで狭い。
2019PBPEx08.jpg2019PBPEx09.jpg
こちらがオーストリアのジャージ

一旦みいさんと別れ、一人でぶらぶらしていたら現在米国内在住中の増森女史とばったり。しばらく立ち話をしていたら彼女の顔見知りらしきRUSA(ランドヌールUSA)の関係者が話しかけてきて”完走できたの?”と、問われたのでドヤ顔で”Off Course,Yes!!”と答えたら”おめでとう!これあげるよ♪”とステッカーを二枚渡してくれた。
2019PBPEx01.jpg
RUSAの人から貰ったステッカー

その後も会場をうろうろしながら飲み物を飲んだりお土産物を購入したけれど、そんなこんなするうちにさすがに疲労感が湧いて来たのでホテルに戻ることに。
当初は自走するつもりで走り始めたのだけれど、さすがにしんどさが先に立ってしまったので輪行で帰ることにしてランブイエの駅に向かったらわたしより先に出ていたいぢちさんみいさんもその場に。
スタート早々に結構な大転倒をやらかしてしまったことなどを話していた時、みいさん三太夫(わたしの愛車)のフレームを指して”それでそこにそんな大きな傷あるんだね~。”とひとこと。

(え?傷??)

指摘されて初めてまじまじとダウンチューブを確認してみたら半ば以上亀裂が入った状態で。下面は今にも口を開きそうなのであった。こんなので良く1,000km近くも走ったものだ。
2019PBPEx02.jpg
豪快に割れてる

思い返せば走行中何度も踏み込みの時にヨレるような違和感が生じたけれど、荷物を満載したサドルバッグが振れているからだと思ったし、終盤はホイールの不具合のせいだと思い込んでいた。フレームがこんな状況だったと気付いていたらとっくにDNFしてしまっていただろう。「知らない」というのはなんとシアワセであることか。
自走でホテルまで戻ろうとしていたら、道中でとんでもないことになっていたかも知れない。

そんなこんなでわいわいいやっていたら到着した電車に乗り込み、みんなでランブイエからサン=カンタンに向かう。
2019PBPEx03.jpg2019PBPEx04.jpg2019PBPEx05.jpg
皆さんお疲れモード発動中

駅に到着してから慎重に自転車を運転し、一旦宿に戻って、輪行袋に詰めてシャワーを浴びて再び外出。わたしが投宿したホテルからはサン=カンタン駅の反対側となるホテルで行われる日本人参加者の打ち上げパーティへの出席のために移動。
途中、ハラポンさん&ゆりかさん、つかぽんさん&タカトリさんの二組のご夫婦が食事をしていたところにちょこっとお邪魔。
2019PBPEx05b.jpg
c:ゆりかさん

お店のオーダーストップの都合から何かを頼む訳でも無く軽く雑談の後会場に移動。四人はパーティ不参加なのだそうで別行動。
まあ、実際参加してみたらさもありなんな感じではあった。
一回参加しておけば充分な気がする。
サクッとお開きになったパーティ会場を後にして駅前のスーパーで買い物をしてからバスでホテルへ戻って部屋でワインで呑み直し、さほど深酒にならない内に就寝。

明けて8月24日の朝。
ホテルからのんびり歩いて散歩しながらサン=カンタン駅へ移動し、電車に乗ってパリ、モンパルナス駅へ。
2019PBPEx11.jpg
散歩にはもってこいの天候

いち日フリーの予定なので軽く観光でもしようと思いつつ、小腹が減ったので駅近くのレストランに入って軽くビールとワインを飲んだりしつつスマホで知り合いの様子を伺ってみたら、なんとべいさんがすぐそばにいることが判明。よくよく確認してみたらわたしが入ったレストランの二つ隣のレストランで食事中なのであった。
”いやあ、ほんっとうに偶然ですねえ♪”
とかなんとか語りつつ同じ席に。
2019PBPEx12.jpg
まだ食べ始めたばかりのべいさん

この日の夕方の便で羽田へ向かうというべいさんは駅の近くのホテルにある、自身が宿泊したところとは別のホテルに荷物一式を預けてあるとのこと。モンパルナス駅周辺のホテルではこういった手荷物預かりサービスを実施しているホテルがいくつかあるそうで。
”べいさん、今日移動するまでに軽く観光回りませんか?”
”ん~~~それでもパリはこれまで二回(PBP参加で)来ているからあらかた回っちゃったんだよね。それに今日あんまり時間も無いし。”
”エッフェル塔なら近いんじゃないですか?”
”エッフェル塔はね、PBP完走したら登るって決めているから今年はパス。”
”そういわずに!いわば次回に向けた『背水の陣』ですよ!今回登ってしまったら次回DNFできないでしょ!!”

なおも若干グズるべいさんを急き立て、スマホで検索したバス停からエッフェル塔へ移動。
2019PBPEx13.jpg
着いたら着いたでそれなりに喜んでる

入場チケットを購入してエレベーター待ち行列に並んだものの、なかなかどうして結構な長さの行列。それでもみな整然と並んでいて(平常時ならみんなきちんとルールを守って並ぶんだな)という、少々失礼な感想を抱いてみたり。

2019PBPEx14.jpg2019PBPEx15.jpg
リベットで接合された鉄骨の風情に目を奪われる
塗装の色味も日本ではまず考えられないものなのでやはり特別な異国情緒を感じさせる。
バッテリーの持ちが心配だったのでiPhoneは基本的に機内モード設定で時々設定を解除してメールその他をチェックするスタイルで行動していたのでいくつかのメールは宿に帰ってから確認しようと考えそのままスルー。べいさんみたいに現地でスマホを手配しときゃ良かったか。

エッフェル塔には三つの展望台があって最上部までは二段目の展望台からの乗り換えが必要。地上からのエレベーターは直通で下から二段目の第二展望台まで昇れるけれど、そこに辿り着くまでに結構な時間がかかってしまい、更に上に行くにも行列ができていて、べいさんの帰国便乗り込みまでの余裕時間がじわじわ削られていく。
さすがに不安なので最上段の第三展望台には昇らず地上に降りることに。
2019PBPEx16.jpg
第二展望台からのセーヌ川

2019PBPEx17.jpg
降りのエレベーター待ちも結構並んだ

昇りだけではなく降りも相当待たされてしまい、モンパルナス駅前に向かうバスも街中の混雑のお陰ですんなりとは進まない。”ヤバい、このままだと空港チェックインギリギリになりそう!”べいさんの小声が心なしかやや上ずり気味で表情もガチ。
駅前の停留所から荷物を預けたホテルまで小走りで移動し、わたしも荷物を分担してシャルル・ド・ゴール(CDG)空港へ向かうリムジンバス乗り場へ。

2019PBPEx18.jpg
どうにか無事乗り込み
定刻通りの到着ならどうにかこうにかチェックインギリギリで間に合う!という時刻のバスに乗り込んだべいさん。ところがしばらく経って移動中のべいさんから入った連絡は”高速道路が渋滞していてとてもチェックインに間に合う時刻に到着できそうにない。”という悲痛なものだった。
エッフェル塔へ付き合わせてしまったのは自分なので責任を感じつつ(何としても間に合って欲しい!)と念じていたら、最終的にチェックインには間に合わなかったもののどうにかこうにか搭乗させてもらえたらしい。
”いやあ、良かった良かった!”そんなことを遣り取りしていた時に着信した日本語のメール。「お客様の搭乗便の受付は終了しました」というJALからの連絡。
(は???)
しばらく意味が理解できなかった。
翌日の搭乗案内なのかと思って改めて読み返してみてもやはり『搭乗受付締め切り』と書いてある。しかし出発時に羽田でこんな会話をしていたではないか。
ば:で、二人の旅程は?
べ:ゴールして観光もしないですぐ、金曜日に帰って来ますよ。
と:あ、それじゃいち日違いだ。オレ土曜日。

この時点でべいさんは「フランスからの出発日」を、わたしは「日本への帰着日」を念頭に会話をしていたので本来ならわたしもべいさんも同じ便に乗るはずだったにも関わらず『べいさんの翌日飛行機に乗る』ということだけが強烈に思考に刷り込まれてしまっていて曜日すら確認せずにいたのだった。
※べいさんとは前日のパーティ会場で顔を合わせているので翌日搭乗だと知っていた。

慌てて着信済みの和文、英文メールを片っ端からチェック。
市内観光中に何度か着信していた英文メールはBooking.comで手配していた送迎タクシー関連で、ホテルにわたしが居ないので所在確認と当日キャンセルによる全額徴収の連絡だと判明。

(なんてこったい!!)

それから慌ててホテルに電話。
カタコトの英語でチェックアウトし忘れてしまったこと、もう一泊させて欲しい事などを伝えてどうにか了承してもらえた。
「チェックアウト予定の外国人が部屋に荷物を残したまま失踪した。」なんて判断されて大使館にでも連絡されてしまったらおおごとになってしまうところだった。
電話だと身振り手振りが使えないので意思伝達が非常にしんどい。

一泊の宿は確保できたので多少気が楽になったけれど問題は帰りの便。
早割りで取得したチケットなので元々変更には手数料がかかるものだったけれど、手数料どころか離陸してしまった後なので紙くずとなり果ててしまったそれの代わりを手配せねばならない。
JALサイトにアクセスし、片道チケットを購入しようとしてみたものの、オンラインでの片道便予約は日本発のものしか予約できないような設定になっているようで(まあ、日本人が海外から日本への片道便をJALで予約するなんて相当のレアケースだろうし)、出発空港をフランスCDG空港に変更することが不可能だった。電話でチケットデスクを呼び出そうと試みたものの、日本は時差で夜中なので当然留守番メッセージが空虚に流れるのみ。

仕方がないので腹を括ってワインを飲み、目覚ましを真夜中に設定して布団に潜り込んで就寝。アラームで目覚めてJALチケットデスクに電話を入れ、かいつまんで事情を説明してチケットの手配。
”お客様、料金は割引等の無い正規価格となりますがよろしいですか?”
よろしく無くても買わないことには日本に帰れないのだから否も応もない。国際通話で結構な金額を使って正規料金のフランス⇒日本便の航空券を購入。(これだけあったら何回美味しいモノ食べに行けたのだろう?)そんなことを考えて凹みつつ、飲み残しのワインを干して再び就寝。

翌朝。
のんびり起床してホテルの周囲を散歩。
近所のレストランで軽くワインを飲んで「フランス最終日」を堪能
2019PBPEx19.jpg
ワインと一緒にいただいたタルタルステーキ

ホテルに戻って荷物を携え、バスと電車を乗り継いで再びモンパルナス駅。
空港までのリムジンバスチケットを購入して時間を潰していたら、その日のAirFrance便で羽田に向かうといういぢちさんと一緒になった。
2019PBPEx20.jpg2019PBPEx21.jpg
熟睡。

渋滞も無くすんなり空港について、搭乗口が離れている上に離陸時刻がまだ随分と先のいぢちさんと別れて単独で移動をし始め、空港ターミナル内の風景でも撮影しようとデジカメを取り出そうとしたところでポケットにカメラが無いことに気が付いた。
(バスの座席上に置き忘れた!)
慌ててバス停に戻ってみたけれどバスの姿は既になく、チケット売り場のお姉さんにあれこれ話してみたもののこちらの英語力が壊滅的だったので話が伝わらず(何言ってんだ、この外国人?)みたいな目でねめつけられてしまうなど。最後の最後に「道中の思い出」が詰まったデジカメまで無くしてしまうとは。。。因みに帰国後ではあったもののリムジンバス運行会社の『忘れ物登録フォーム』に登録したのであるけれど当然ながら発見報告は来なかった。

最後の最後まで色々ありまくった遠征の帰路はひたすらワインを飲んで映画を見て寝て起きての繰り返しで羽田に到着。ゲートを通過したところでひとみさんのお出迎えに遭遇。
実はひとみさんは前日サプライズでお出迎えに来てくださっていたのに逆にわたしがサプライズをぶちかましてしまった形になったという。申し訳なくて本当に頭が上がりませんわ。。。
2019PBPEx22.jpg
丁度その場にHideさんの姿も

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同じ便で帰国した皆様と記念撮影

バス移動だったりモノレール利用だったりで皆さんバラバラになったので、ひとまず前日のお詫びも兼ねてひとみさんとは蒲田駅前まで移動して鳥万で打ち上げ。フランスから帰国したばかりなのでいかにも日本的大衆居酒屋でというのは非常に理にかなってはいたとはいえ(もっと気の利いたお店にお連れすべきではないのか!www)とも思ったけれど、日の高い内からお酒がいただけるお店はそうそうありませんからねえ。

そんなこんなで最後の最後まで色々と散財続きだったわたしのPBPは幕を閉じたのでありました。

このツィートを流した時の絶望感は今でも忘れられない。



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タグ: ロードバイク  ロングライド  ブルベ  PBP 

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